板橋地蔵堂の大黒さま~大震災からの復興を願って~

 地蔵堂本堂正面向かって右脇には大きな大黒さまが安置されています。

 こちらの大黒さまは、もともとは大正12(1923)年の関東大地震の翌年に、大震災からの復興を願い樹齢1500年と伝わる大楠樹に立木のまま彫られたものです。

 全国各地で発生している地震や豪雨による災害からの1日も早い生活の復旧と復興をともにお祈りください。

 

 ねがわくは、十方有縁の信者

   除災招福を祈願されんことを

 

 

板橋地蔵尊鎮守 「福興大黒尊天略縁起」

 板橋地蔵堂の鎮守“福興大黒尊天”は、当山伽藍の守護と十方有縁の信者の福徳をねがって奉安したものであります。

 もともと、大黒尊天とは、古代インド語でマハーカーラ(mahakala)と申し、仏教東漸と共に中国へてわが国に伝えられました。そして、古来より、寺院では庫厨(台所)の守護神として、また民間では福徳授与の天神として七福神の一に数え、広く信仰を集めてきした。

 当山鎮守の“福興大黒尊天”は、もと小田原駅裏城山の一角に鎮座し、一般に“生木大国”と呼ばれて近隣の信仰を集めていた神像であります。その起源を辿れば、関東大震災の翌年、城山在住の瀬戸鶴吉氏が、東都の彫刻師をまねき、屋敷内の大楠樹(樹齢1500年と伝う)に立木のまま、地上二十尺の高さに大国神像を彫り、“福興大国神”と名づけ、震災の復興と信者の福徳招来を祈願したことにはじまります。

 しかし、時代を経るにつれ、“福興大国神”をとりまく周辺の環境が大きく変ってまいりました。城山の中腹に仰ぎみた神像は、戦時中に切り落とされて隣地に移転し、さらにまた、宅地造成等にともない再転のやむなき状態になってきました。

 かかる時、昭和52年5月、地蔵堂有縁の方からの要請をうけ、当山の鎮守として地蔵堂内にお迎えし、伽藍の守護と信者各位の福徳円満を祈願することにしたわけであります。そして同年6月4日、その移転を完了し、尊号を“福興大黒尊天”と改め、現在に至っております。

2026年08月23日